HUNTER ハンター

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最高品質の証しでもある英国王室のワラントを二度も授かっていて30年以上も英国王室の御用達ブーツとされているブランド「HUNTER(ハンター)」

1850年に、イギリス人によって天然ゴムの硫化製法のパテントがすでに登録されていましたが、アメリカ人のヘンリー・リー・ノリスは、そのパテントがイギリス国内のみ有効なものであることに気が付きました。彼は、早速、スコットランドで独自のトレードマークとパテントを登録し、ラバーブーツ製造の最適地を探し始めたのです。そして、エジンバラにおいてレンガ造りの“キャッスル・シルク・ミルズ”と当時呼ばれた工場を獲得し、1856年に株式会社ノースブリティッシュ・ラバーカンパニーを設立します。 その時代、新産業において熟練した職人を現地で探す事は至難の業でした。しかし、4人のアメリカ人が製造機械と共にニューヨークからやって来て、彼らが核となり、多くの労働者に製造技術を伝授していったのです。ラバーブーツメーカーとして発足した同社は瞬く間に、タイヤ、コンベヤーベルト、櫛、ゴルフボール、耐熱ボトル、床材など、実に多くのアイテムを製造するに至りました。 最初は僅かだったラバーブーツの需要も、第一次世界大戦をきっかけに爆発的に増え、軍からはぬかるんだ塹壕に適した頑丈なブーツの開発を依頼されるようになります。工場は昼夜を問わずブーツを作り続け、軍需用として供されたその数は118万5,036足にも及びました。ファッショナブルな上に機能性に富んだブーツが出来上がった理由はここにあるのです。第二次世界大戦が始まり、80%は軍需物資の製造に追われ、品目は多岐にわたりました。グランド・シート、救命ベルト、爆弾カバー、ガスマスク、そしてウェリントン・ブーツ。 ウェリントン・ブーツは塹壕戦用途だけに留まらず、更に重要な役目を担うことになります。ひどくぬかるんだ状況下でのオランダ軍掃討作戦の為に、大量のウェリントンと長丈ブーツの製造を要求されたのです。終戦までにウェリントンはレインブーツとしてポピュラーになっていました。厚い靴底と丸まったつま先のゆったりとしたブーツは、配給用はもとより一般の労働者達の間でも人気となります。 この成功により、会社は1946年にダンフリーシャーの“ヒースホール”と呼ばれる建物に工場を拡張します。この建物は1912年に自動車と航空機エンジンの製造工場として建てられたもので、遡ればアロルド・ジョンソン製自動車もここで作られたのです。1954/1955年の冬、株式会社ノースブリティッシュ・ラバーカンパニーはグリーン・ハンターとロイヤル・ハンターウェリントンを引っ提げ、市場に参入するのですが、最初の受注はたったの36足でした。しかし、彼らは地道に拡販に努め続けたのです。 その後、1966年にユニロイヤルの傘下となり社名変更。1978年、ゴルフボールの製造部門を売却。これはコンチネンタルにエジンバラ近郊ニューブリッジのタイヤ工場の売却に伴われるものでした。 ハンターは最高品質の証しでもある英国王室のワラントを二度も授かっております。 最初は1977年にエジンバラ公から。続く1986年には女王陛下によっても与えられ、既に30年以上も英国王室の御用達ブーツとされています。1986年、ユニロイヤルはデンバーコロラドのゲイツ・ラバーカンパニーに買収され社名も同名に変更。1996年にロンドンのトムキンスPLCによる買収後、英国最大のカーペットメーカー、インターフロアー社のハンター部門となる。2004年、インターフロアー社からハンターの経営陣と投資家によるMBOにてハンターラバー社として独立。つづく2006年5月、新たに有名ブランドグループの資本参加を受け、社名がハンターブーツ社となる。 ハンター・ウェリントンはこの50年もの間、本当に多くの変化を経験してきました。たったひとつの実用的な商品が、今ではとてもファッショナブルなアイテムとして受け入れられるようになり、ことに、セレブリティと呼ばれるような人々にも好まれ、今では各代理店からの発注も一度に何万足も来るようになりました。かつての、たった36足の初回受注も今は遠い昔のことのように… ハンターブーツ社はスコットランドのヘリテージブランドとして、より長期的な成長を目指した取り組みをはじめています。2008年、ノースブリティッシュ・ラバーカンパニーの生誕地であるエジンバラへと、150年ぶりに本社を戻しました。